ミーソン聖域 

ミーソン聖域  ホイアンから南に1時間ほど走ってミーソン遺跡に到着した。ゲートからは電気カートなどで林を走り、雑草で覆われたレンガ建築や石造り構造物群から成るミーソン遺跡に至った。レンガ積みの構造物は温暖で水分が十分な気候のお陰で雑草がかなり生えている。それでも草だけで、カンボジアのタプローム寺院のように木は生えてないのは幸いであろう。 ここはチャンパ王国(チャンパ人の国で、現住民ベト族とは別民族だそうだ)の宗教、ヒンドゥー教の聖域だったそうである。また周囲の山の一つは聖山マハーパルヴァタとされ、7世紀から13世紀に建造されたそうである。 チャムパ王国そのものは極めて長く、日本の弥生時代から室町の時代まで存続し、その中で飛鳥後期~鎌倉初期相当に本ミーソン遺跡群が築かれてきたようである。こうして改めて日本の歴史と対比するとその古さが認められる。またお隣りカンボジアの有名なやはりヒンドゥー遺跡(後に仏教寺院に改修)アンコールワットは12世紀頃の建立というから、それよりは圧倒的に古い訳で、よく耐えたものだと思う。 レンガ構造の他に、このような大きな石の構造物も残っている。前日到着したダナンは大理石の産出と加工が盛んであるそうだから、そうした材料も使われたのであろうか。 ところでチャンパ王国はある程度の広がりはあったのであろうが、ベトナムの一部、つまりここ中部周辺に留まっていたようだ、ヒンドゥー教は隣国のアンコールワットや、バリ島のように当時インドからかなり遠くまで栄えたようだ、チャンパ王国はその後何度か戦争で衰退し、消滅、現在はその一部が少数民族の一つとして残っているそうである。 レンガ積み建造物は神殿,一般参拝者のお祈りの場、お清めのための館等々の説明を受けた。積み上げたレンガとレンガに隙間はなく、極めて高精度に重ねられているのが驚異的だ。 チャンパ王国のヒンドゥー主神はシバ神で、建物の壁には関連の女神であろうか、レリーフが刻まれている。レンガではなく石像も残っている。ただこの聖域が20世紀初頭に仏人によって発見されたのだが。その植民地支配時代にかなり盗掘され持ち出されたそうでもある。さらに致命的だったのはベトナム戦争で米軍の空爆で、遺跡の大半が破壊されたことだそうだ。そして残った僅かな部分が今見物している所というわけだ。 なおこの遺跡は『ミーソン聖域』(My Son Sanctuary)として1999年ユネスコ世界遺産(文化遺産)に登録されている。  

 
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