ゴクソン神社

ゴクソン神社 ホアンキエム湖の東岸から湖を眺めると、まず玉山島の上に建つ神社「玉山祠」が目に入ります。この島は古くは象耳島と呼ばれていましたが、11世紀はじめに玉象山、13-14世紀には玉山と名前が変わり、その頃には皇帝や貴族が釣を楽しむ魚釣台が設けられていました。 まずチャン(陳)朝期(1225-1400)に、この島の上に小さな寺が建てられましたが、その後崩壊し、後レー(黎)朝末期(1746年)には、中国の三国時代の英雄である関羽を祀る武廟が建立されました。1787年頃には寺として修復されて玉山寺と名づけられました。その後19世紀前半、教育文化活動を行う嚮善(キョウゼン)会がこの寺を譲り受け、文学の神、文昌帝君を祀りました。嚮善会はここで儒教教育を行うとともに、多くの文学作品や経典の翻刻と印刷を行い、玉山祠は、きわめて大規模な出版センターとなりました。  こうして、ある時は寺として、ある時は英雄を祀る神社として、またある時は文化の発信地として重要な役割を果たしてきた玉山祠は、今はハノイで最も有名な観光地の一つとなっています。 この先の赤い橋はテーフック橋、旭の棲む橋と書きます。橋を渡って突き当たりを左へ進んでゆくと、湖に臨んで建てられているあずまやが鎮波亭です。「鎮波」とは、波(外から来る悪い文化・風俗)を鎮める(食い止める)という意味です。その悪い文化とは、1862年にすでに南部三省をフランスに支配されていたベトナムにとっての西洋の文化をさすと考えられます。 この鎮波亭と、先に見た筆塔、硯台、テーフック橋などは、1865年にグエン・ヴァン・シェウ(阮文超)が行った大改修の時に新しく造られた施設です。それまでは、玉山島へは舟で渡っていたのです。

 
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