文廟

文廟 ハノイの文廟は1070年、李朝第三代皇帝リー・タイントン(李聖宗Lý Thánh Tông)により建立されたと言われています。当時は、仏教・道教・儒教の「三教同源」で、中でも仏教勢力がとても強大でした。しかし、国号を「大越」とし中国の宋朝臣下の君主国、つまり越人として初めて国王と認められ中国との関係が緊密になった時期でもありました。そのため、宋朝の進めていた儒教の祖である孔子を祀る廟を建てたのではないかと思われます。 ハノイの文廟は、高等教育機関として重視されてきたという特徴から、たとえば『洪徳版図』では、「国子監」とのみ併設された教育機関名で記されています。

 
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